地方展館

黑橋牌は、府前路の近くにある「烏橋仔」と呼ばれる黒い橋のそばで創業したソーセージ(台湾腸詰)メーカーです。黒い橋は企業名の所以にもなっています。観光工場の外観はブランド品店のようで、入り口にある大きな器は、かつて廟の前で屋台を出していた頃の情景を再現したもの。建物に入った瞬間から楽しめます。

ソーセージ博物館の参観は、3階から順番に下りて来るのがおすすめです。館内にはレトロな情景がいくつも造られています。昔、廟の前の広場でよく行われていた布袋戲(人形劇)の舞台や、数十年前の台南の街のイメージ、そして黑橋牌ソーセージの沿革の紹介ビデオなどがあり、レトロな雰囲気を高めています。まるでミニチュア版台南歴史博物館のようですよ。

2階にあるソーセージのショーウインドウは、思わずよだれが出てしまうほど、本物そっくりに作られています。1階は主に販売&休憩コーナーになっており、黑橋牌の各種食品やクリエイターズグッズなどの商品が並んでいます。

1933年に落成した建物で、前身は総督府台南高等工業学校の行政中心(事務棟)でした。現在は国立成功大学成功キャンパス内の成功大学博物館として使用されています。台湾初の大学による博物館でもあり、大学路の大きな目印になっています。 博物館には現在2600点あまりの所蔵品があり、陶器、石器、木器、彫刻、織物など内容は多岐にわたります。毎年異なるテーマで展示を入れ替えていて、キャンパス周辺に芸術の息吹を吹き込んでいます。

公園路にある湯德章紀念公園のそばに白く美しい教会が建っています。イギリス長老教会の宣教師マクスウェル医師が1865年に設立したもので、異国情緒が色濃く漂う教会が台南の市街地にそびえ立っています。数百年の間、教会は地域と深く結びついてきました。現在はマクスウェル医師を記念して太平境馬雅各紀念教会になっています。
毎週末に行われる礼拝では、教会に荘厳なパイプオルガンの音色が響き渡ります。今でも多くの人が礼拝に訪れ、教会は温かく神聖な雰囲気に包まれます。教会の後方には、歴史資料館があり、台南府城の歴史に深く関ってきた教会の古文物や古い写真などが数多く保存されています。

台湾文学館は台南市のもっとも有名なランドマークと言えるでしょう。日本人建築家の森山松之助が設計したもので、1916年に落成しました。当時は日本統治時代の台南州庁で、台南最高の行政機関でした。第二次世界大戦時に連合軍の爆撃を受け破損しましたが、もとの姿に修復されています。戦後も長い間、台南市庁舎として使用されました。現在は文芸の雰囲気が色濃くただよう台湾文学館になっています。マンサード様式の屋根や、和洋を融合させた入り口の円柱が美しい文学館は、毎年クリスマス期間には、建物の前に巨大なクリスマスツリーが飾られ、街にロマンチックな雰囲気と温もりを添えます。所蔵されている台湾文学書は数多く、国内外から多くの旅行者が参観に訪れています。台南の見逃せないスポットです。

鶯料理は日本統治時代に台南に建てられた幻の料亭です。当時「台湾一の料理人」と称された天野久吉が創業しました。台南市の中心に位置し、近くには台南州庁、市協議会、嘉南大圳組合、勧業銀行などの重要な公的機関や公共建築があり、当時の政財界の名士らがよく利用したため、「台南地下政策決定場」とも呼ばれました。料亭は格式高く、特にうな丼は有名な一品でした。1923年、昭和天皇が皇太子でいらした時に台南を行啓され、知事官邸にご宿泊された折、とくに指定されてお食事をご用意をしたのが料亭「鶯料理」です。
その建物は、修復され2013年12月24日、正式に公開されました。広々とした優雅な庭園と風通しの良い伝統的な日本建築を再現するとともに、旧料亭「鶯料理」の制服、のれん、包丁等の関連文物を展示しています。2015年には、台南市で初めて記念的建築物に指定され、市の文化局は同年、その空間を有効活用するために公開入札を行い、落札した運営業者(阿霞飯店グループ)は、その後2年の歳月をかけて失われていた旧鶯料理の「表棟」を新たに再建し、「鷲嶺食肆」として、1階は軽食や飲み物の販売、2階はギャラリースペースとして利用しています。

孔子廟(孔廟)の南側に位置する台湾府城大南門(臺灣府城大南門)は、台南にある保存状態の良い城門の一つです。290年近い歴史があり、数々の石碑とともに、公園のガジュマルの木々の中に佇んでいます。外敵を怯ませる高圧的な雰囲気はすでになくなり、現在は鎧を脱いでのんびりと暮らすおじいさんのように、古都に暮らす人々に寄り添い、静かに街を見守っています。かつては現在のような鮮やかな色合いはなく、毎日ただただ城内の人々を守っていました。当時、城内の人々にとって、この城門は安心の砦であり、毎日必ず通る道でした。 防御のために築かれた半月型の甕城(おうじょう)は、当時、その形状から「月城」と呼ばれました。現在は月灯りの下、音楽会が楽しめる場所になっていて、やはり月城の名に相応しい場所です。

湯德章紀念公園のロータリーを過ぎると、高い塔がそびえる建物に目がいくことでしょう。これは日本統治時代に建てられた合同庁舎です。塔は1930年の落成時には「火見楼」と呼ばれ、当時の台南市では最も高い建築物でした。当時はほとんどが木造家屋だった市内において、いつでも市内の火災発生を監視することができるという非常に重要な役割がありました。消防隊の建物の中には、現在台湾最古の滑り棒が残されています。消防士たちは両手と両足でこの滑り棒を挟み3階から1階までをわずか3秒で滑り降ります。消防署の重要な器具です。
庁舎右側はかつて派出所、警察局女警隊、警察局少年隊が使用していました。市政府消防局は改修計画により消防史料館となり、消防隊の沿革、消防関係の資料や写真、救護活動の様子、消防ヒーローなどが展示されているほか、大地震やVRによる地震救助活動が体験できます。

建築家石昭永氏とプリツカー賞を受賞した坂茂建築設計事務所との共同設計により建設されました。メインとなる建物は台南市定古跡である1931年完成の旧台南警察署で、当時の台南州の技師者 梅澤捨次郎によって設計された折衷主義アール・デコ様式建築物です。1館の新旧が融合した空間には、台南出身アーティストの作品やその他地域の有名アーティストの作品が展示され、美的教育の発展を目標に、さまざまな芸術教育活動が行われています。

葉石涛は台湾本土文学において重要な文学者の一人です。「ここは夢を見て、働いて、恋をして、結婚して、ゆったりと暮らすのに良い場所だ」とは彼の台南生活に対する印象です。 記念館は二階建てで、一階には府城文学地図が展示されています。台南府城の小説、随筆、評論が紹介されています。葉石涛の生涯や著作、主要作品、手書原稿も展示されています。二階には、葉石涛文学書房、ドキュメンタリー視聴室、葉石涛ゲストルーム特別展示区があります。ゲストルーム展示区には、古い机の上に当時のメガネや愛用していたペンが置かれていて、彼の創作者であり続ける精神が伝わってきそうです。

鄭氏家廟とも呼ばれます。鄭經が1663年に建てたもので、父である延平郡王鄭成功と母親の董妃を祀っています。近年、外壁が取り壊され、歩道との隔たりがなくなり、より多くの人が立ち止まり参観しやすくなりました。府城の中で、延平郡王祠のほかに、鄭成功に関連するもう一つの重要な地点です。正殿には、鄭成功の国内外の親祖と夫人、董妃の神位が祀られています。家廟の神像や、古い建物、古い井戸、数多くの古い写真などを見ていると、鄭家が台湾で壮大な開拓計画を繰り広げた時代にいるような気持ちになる、台南の歴史の宝箱です。